Page: 1/4   >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| スポンサードリンク | | - | - |
HCM兵庫県人会発起会
15名ほどの有志でHCM兵庫県人会の発起会を開催いたしました。もちろん、去る8/6に井戸兵庫県知事が発足の宣言をされたことに起因する現地での最初の集まりです。レジェンドホテルのディナービュッフェで豪華な発起会となりました。

音頭をとってくださったのは、ベトナムに永住を決意されているミドル以上のお二人です。お一人は初代会長にも就任していただき、もうお一人が事務方を担当してくださいます。(実はお二人とも10年前に私が携わった仕事の上司です。)その下で、私と女性2名が名簿管理や会計を担当します。また、永続的な会にするために、規約のようなものは導入せず、年に3回ほど集まりを設けてお互いの近況報告と交流をすることに決まりました。

サイゴンに戻ればいつ何時でも顔を出せる会ができたことは、将来もベトナムとの関係を続けていくであろう私にとっては大変うれしい出来事でした。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:46 | comments(0) | trackbacks(0) |
そして誰もいなくなった週末
9/7(金)を9/2国慶節の代休とし、その前日の夜から社員は総勢30名で社員旅行に出かけました。

最終日に半ば焦げ付いた案件が収束したので、かろうじてスタッフたちを気持ちよく出発させることができましたが、その後あまりの安堵感からか、私はすっかり気が抜けてしまいました。はたと気がつくと、今回ベトナムに戻ってから1ヶ月が経過していることに気がつきました。でも怒涛のような日々だったので、自分が何をやってきて何をし忘れたのかの整理もつきません。日本法人のねぎといまむにも少し休むように指示しましたのでMTGも実施できません。

たまにはこんな日もいいじゃないかと思われるかもしれませんが、張り詰めていた気持ちが一気に緩んで、完全に思考停止に陥っている感じがします。いずれにしても、週明けからは開始のための最終調整にかからねばならない案件が山積しています。週が明けるまでに、ニューロンを叩いて完全に切れてしまったシナプスをつなぎ直します。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:33 | comments(0) | trackbacks(0) |
井戸兵庫県知事経済視察団とHCM兵庫県人会設立
兵庫県経済視察団の皆様とあわせてサイゴンに戻りました。団長はもちろん井戸兵庫県知事です。視察団は先にHCM市人民委員会を表敬訪問され、夕方から現地の兵庫県にゆかりのある在住者の方々と交流会を開催し、現地からは40名ほどが参加しました。

その席上において、井戸知事がHCM兵庫県人会の発足を宣言されました。

まだ今後の具体的な活動方法は検討中ですが、ある長期在住者の方に事務局をやっていただいて、私たち下っ端が連絡係をやらせていただく予定です。スケッチに掲載されている各県人会に並んで、活動をしていく所存です。公認とまではいきませんが、県に率先して立上げを推進していただきましたので、できることは協力したいと思っています。

これに先立ち、日本滞在中に、ある方面からのご紹介で井戸知事のプライベートのパーティに出席させていただいたり(井戸知事はイメージどおりの人徳者でいらっしゃいました)、今回のミッションの担当者の方々へのご挨拶のために県庁も訪問させていただきましたが、今後も兵庫県人会の報告を兼ねて伺わせていただけたらうれしいですね。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:08 | comments(0) | trackbacks(0) |
1962年の在越日本人
名古屋のIT会社のCMOがご来社されました。こちらもジーニーズ阪社長からのご紹介で、私がまだベトナムにいるということで急遽アポが入りました。

いつもどおりのご訪問であろうかと思っていたら、大変興味深い話に発展しました。お母様と一緒にいらっしゃったIさんは、なんと45年前1歳のときにベトナム中部ダラット南方に住んでいたのです。

太平洋戦争が終わり、ホーチミンのベトナム解放同盟(ベトミン)の希望に反し、米ロ冷戦のあおりを受けてベトナムが南北に分断されていた時代。アメリカ資本主義の後押しで首都サイゴンが経済発展を遂げ、その恩恵を得た富豪たちによってダラット高原が避暑地として開かれていた頃です。

岐阜にいたIさんのお父様は、陶器工場を南ベトナム企業と合弁で立ち上げた会社に誘われて、他の5家族とともにベトナムに渡ることを決意します。お母様によると、当時ベトナムに行くなんて正気の沙汰ではないと周りに言われ、勘当を覚悟でご主人について日本を飛び出したそうです。

しかし、南ベトナムのベトミンのゲリラ活動が活発になり、戦火が中部にも広がってきたので、他の家族よりも早く日本に帰国されたそうです。今回、45年ぶりに現地を訪れるに際し、他の家族にも呼びかけをしたそうですが、Iさん家族より遅れて戦火に巻き込まれて命からがら引き揚げた他の家族は、もう二度とベトナムには行きたくないということで同行は実現しませんでした。

来越にあたり、当時の写真をたくさん持参されていました。歴史的にもすごい価値のあるものです。さらに、その中に工場立上げで現地採用された、旧日本軍の兵隊さんで引き揚げを拒否した方も写っていました。私は学生時代からベトナム研究をしてきましたが、引き揚げを拒んでベトナムに残った旧日本軍兵士の実写真は初めて見ました。

弊社をご訪問後、当時の工場を探しに現地に向かわれる予定ですが、当時の場所に辿り着かれて、何か当時を知る人とお会いになられることと切に願います。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
ハノイの憂鬱
急遽ハノイに行きました。1年前に仕事で1泊、その前はもう4年くらい前にやはり仕事で。今回は友人夫婦に会いに、本当に久しぶりのプライベートでのハノイでした。

こう見えても、私はハノイっ子です。1995年4月に初めてベトナムにきて、2年に亘りハノイに留学しました。ですから敢えて言わせてもらいます。ハノイは最低な街です。ざっとダメなポイントを以下にまとめます。ハノイのダメポイントとHCMの現状を比較します。

ゝじが最悪である:特にこの時期が悪いのですが、じとじとと湿気が体を覆い、日向に出るとモーレツな熱射。そして、突然のスコール。平均湿度100%と言われています。HCMは年中暑いですが、湿度はそれほど高くありません。4月-6月のハノイの最高気温は40度を越えますが、HCMではそんな真夏日はありえません。

▲魯離た佑最悪である:まあ、今更私が言及しなくてもいいことですが、人を不快にさせる言い回し、そして語気の強さで人を圧迫します。ただ、これは昔よく考えていましたが、本当に率直な物言いなのです。それで誤解されがちですが、よくよく話してみても、やはり金に汚く、弱者に強い人たちです。w
また、プライドと利権を同一化する人々なので、ハノイ周辺の田舎から出てきた人たちが、不平等な扱いを受けています。HCMの人々の優しさが身にしみます。

3絞造澆不便:都市計画の失敗だと思われます。入り組んだ路地は道が狭く、近年にほとんどの道が一方通行になりました。また、市街地の周りは逆に道が広すぎて徒歩では渡れず、幹線道路はなぜか立体交差が多くて方向感覚を狂わせます。おかげで行きたいところにすぐにいけない不便な街並みになりました。
さらに、重要な建物が点在していて、広くもない市内を行ったりきたりせねばなりません。在住者に聞いた話ですが、土地に利権が絡むので誘致する場所が限定されているだとか、景観を重視して機能性を損ねているとか。HCMは渋滞は多いですが、どこにでもある程度すんなり行けます。(最近工事が多いですが)

ぅ織シー、セオム(バイタク)、シクロが激高:対HCM比でどう考えても同じくらいの距離を走っても値段が高い。また、同じ企業のタクシー同士なのに、メーターの上がり方が違う。

シ搬單渡辰療吐箸悪い:あくまで体感ですが、通話が切れたり、かからなかったり。

ζ本語のインターネット環境が整っていない:PCを持っていかなかったのですが、ネットカフェはおろかホテルに設置されたPCにも日本語環境が入っていませんでした。HCMではありえません。

Э事がマズい:味自体はおいしいと思います。フォーなんて、やはりHCMよりおいしいです。ですが、作り置きをしていたり、油が古かったり、ちょっとしたところの気遣いがHCMのほうが洗練されています。

┃・・・、まあこれ以上は書きません。結論、一言で言ってしまうと「田舎」です。サービスも低く、質も悪い。不快指数は200%を超えるでしょう。何もそこまでボロクソに書かなくてもいいじゃないかと言われるかもしれませんが、これはベトナム生活の当初をハノイで過ごした私の愛を持った主観です。

昨今、日本からの投資がハノイに偏重する傾向にあります。国を挙げての企業誘致ですから、当然進出企業にも恩恵は与えられていることと思います。でも、政治のハノイ、ビジネスのHCMと言われてきた過去をよく顧みてください。2日間の滞在で出会った南部の人の意見、ハノイ在住日本人の言葉、ついにはハノイ人との対話でも同様の意見が聞かれました。HCMに戻って周りの人にこの話をしても、誰も否定する人はいません。

おそらく、この感想こそがハノイの文化であり、ハノイ人の気質なのでしょう。留学時代に毎日感じていた「ハノイの憂鬱」は、街が発展して、モノが溢れかえっても変わることなくベトナムの首都を覆いつくしていました。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:43 | comments(1) | trackbacks(0) |
ベトナム進出日系企業の成功モデルとは?
最近ベトナムに進出されたR社にお邪魔しました。

お会いした社長は、経営者育成ブログで有名なお方ですが、そのブログの過激な内容とは裏腹に、ご本人は物腰の柔らかな社交的な方でした。日本では数社グループ会社を起業されていて、メイン事業としてIT企業間の仕事マッチングサイトを運営されています。

今日の訪問は、私が社長のブログを拝見してから行ったので、少し身構えてしまっていたのか(言い訳)、普段よりも一段としゃべりまくってしまいました。こちらが訪問した側なので、本来なら相手企業のお話をじっくり聞かせてもらわなければなりません。なのについついベトナムを紹介したいという気持ちが先に立ってしまいました(言い訳)。実はこの社長のブログに書かれている内容が、かなり私の経営哲学に近いのです。それで変にシンパシーがあったのかもしれません。さすがに反省してます。次回お会いしたときには、ぜひ、経営者育成のご指導をお願いします。

で、本題ですが、訪問させていただいて一番驚いたことは、社長自らが現地に乗り込んで指揮を執っていらっしゃったことです。もう業務自体は立ち上がっているようですので、通常日本企業の現地法人であれば、誰か社員の方を現場の指揮にあたらせるのが普通です。なのに社長が現地にきて、現場の作業プロセスや成果や数字をお話してくださったのです。他の日系進出企業さんには申し訳ないですが、こんな会社は滅多にありません。そして、これこそが私が考える「ベトナム進出日系企業の成功モデル」です。

普段私がこの成功モデルを口にしないのは、日系企業には到底無理な条件であるからです。ベトナム進出を決定した経営者自らが、現場の立上げやその後の運営、そして必ず訪れる停滞の時期を、経営者理念で直接指揮を執ることなどどなたもなさらないからです。日系企業のベトナム進出における、いわゆる「やっといてソリューション」がデフォルトになっている最たるプロセスです。

R社さんはベトナム進出を成功に導くことができるかもしれません。ただソフト開発ではないので、成功事例はいくつもあると思います。ソフト開発分野での成功事例は、一体いつになった現れるのでしょうか。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
家にほとんどいない週末
「穏やか」と書きながら、実際には息をつく暇もないほど忙しい週末でした。穏やかな気分のときほど、活動的になるものなのでしょうか。こんな狭いサイゴンで、自宅にほとんど戻らないという週末も久しぶりです。

まあ、あまり詳しく書けないのが残念(笑)ですが、昨今では睡眠を削って遊ぶのは珍しいことです。
例えば、土曜日は午前中会社で仕事。午後一番からカフェでTNKトラベルへの引継ぎ手法のレクチャー。その後人と会って、ダッシュで家に寄って用意してテニス。さらに自宅に一瞬戻ってシャワー浴びて、兵庫県人会?に出席。別の友だちたちとビリアード。それから朝の4時まで路上カフェでおしゃべり。・・・学生かい!

と、実はこんな赤裸々な実生活を披露してしまって一番怖いのは、やはり・・・嫁です。ごめんなさい。先に謝っておきます。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:05 | comments(0) | trackbacks(0) |
穏やかな週末
今週も何事もなく週末を迎えました。ねぎの営業もそろそろ結果が出てきて、数件仕事が始まりました。社内体制の構築も着々と進んでいます。ただ、明日は社内半分くらいがPJの進捗のために出勤、また監査会社が決算の書類整理をしているので、私も若干出社します。

そんな穏やかな週末。気持ちも穏やかなのか、仕事以外のことも気に止まったりします。

私のHCMの自宅のそばのロータリーに鳥の集まる木があります。このロータリーは7本の道が交差するところで街路樹もたくさんあるのですが、なぜかCMT8通側の信号のところの一本の木だけに鳥が集まっているのです。私の通勤路なので、信号で止まるたびに鳥のピーチクパーチクに耳を傾けていました。

そして、今日、さらにもう一箇所見つけました。セドナスイートのナムキーコーイギア通側のレロイ通に面した木です。他の街路樹より少し背が高いです。

どうしてこういう現象が起こるんでしょうね。
ただ、私も鳥が肩におりてくる清い心の人間になりたいと思いました。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 21:17 | comments(0) | trackbacks(0) |
ゴールデンロータスプラス(GLP)
ベトナム航空(以下、ベトエア)には独自のマイレージ・プログラム、ゴールデンロータスプラス(GLP)があります。



Vietnam Airlines - phiên bản thử nghiệm
http://www.vietnamairlines.com.vn/
(やっとベトエアメインサイトもリニューアルオープンしましたね)

Welcome to Vietnam Airlines Golden Lotus Plus Customer Loyalty System
http://www.glp.vietnamairlines.com.vn/

かわいそうなことに、未だ世界を三分する航空連合(「スターアライアンス」「スカイチーム」「ワンワールド」)には参加していません。また、現在の独自提携会社は、キャセイと大韓航空のみなので、結局ベトエアに乗ってマイルを貯めるしかありません。

一般に「マイルを貯める=アップグレードや無料航空券がもらえる」と考えがちですが、それはあくまでも特典の一つに過ぎず、マイルを貯めることの意義は、正にゴールドカードを取得することに尽きます!そして、会員区分が上がることのメリットは、何よりもブッキングのプライオリティが上がることなのです。座席の予約をするときにWaitingがかかったとして、ゴールドカードならばほぼ優先順位が一位になれるのです。(他のゴールドメンバーが先にキャンセル待ちしているときは、その人の次位になります)

そして、私は去年から結構日本との行き来をしていて、前回のフライトで積算26000マイルを越えました。そろそろステートメントが日本の自宅に届く頃かと思い、嫁に郵便物を確認してもらいました。

・・・前期の積算マイルが22000マイルで締められ、今期が始まっていました。つまり、前回のフライトは今年のクオリファイイング(年間)期間に積算されるので、マイル自体は失効しませんが、ゴールド会員の資格「年間26000マイル」をクリアできてなかったのです。あーーー。

本当に首をなが〜くしてマイルが加算されてゴールドメンバーの通知がくるのを待っていたんですよ。ゴールド会員・・・、何と敷居の高い高貴な響きだろうか。サイゴン−関空間は往復で5524マイルです。26000マイル取得のためには5往復必要です。あと4往復、私がゴールドを名乗れるのはまだまだ先の話になりそうです。(クオリファイイング・ポイントは、ホテルポイントやボーナスポイントを含まないので、純粋なフライトマイルのみが対象です)
| あさいっち(浅井 崇氏) | 13:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
TNKトラベル創設メンバー集合!!
1区のデタム通はいわゆるバックパッカーストリートです。各国のパッカーたちがロンリープラネット片手に集う地区で、バンコクのカオサンのような場所です。そして、このデタムの現地旅行会社TNKトラベルには日本人セクションがあり、その部門を立ち上げたメンバーたちが、社長の結婚式で数年ぶりにHCMに集いました。

ベトナム旅行のサポートならTNKトラベルJAPAN
http://www.tnkjapan.com/

けいじ、元春、杉本さん、ともこ、カズ。彼らはまだまだ若いですが、本当に親しかった友人たちです。それぞれ日本に帰国して違う道を歩んでいて、彼ら同士もまた久しぶりの再会となりました。

結婚式もとんでもなく盛り上がって、二次会はなんとシェラトンのレベル23に招待してもらい、30名くらいで行きました。懐かしい顔が集まり、昔のように調子こいて暴れれたのが何ともうれしかったです。

寂しいですが、二度とこういった機会はないと思います。おのおのがそう思いながら、でも昔と同じテンションで数日間を過ごし帰っていきました。
| あさいっち(浅井 崇氏) | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) |

Calendar

 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

Entry

Comment

Trackback

Search

Archives

Category

Link

Profile

Feed

Others

無料ブログ作成サービス JUGEM

Mobile

qrcode

Sponsored Links

Recommend